Roch Booche

17日:ビッチオブビッチ

  最近は部屋にこもりっきりでちょっとアレだな、人間として大切なカルマ値が負の方向にうなぎのぼりだな、とか思ったんでちょっとしたことでも外出するように心がけています。ちょっと背中が痒くなったら遠方の友達の家に行って背中をかいてもらっています。人はそれを無駄といいますが実際自分も無駄だと思うので行きません。ゲームセンターによく行きます。雨のさざ降る中、二駅ほど離れたゲームセンターにいまさらスターグラディエーター2とか入荷したんでサルのようにやってました。50円でひとプレイのはずなのに気付いたら財布の中の漱石だか英世(死神博士のほう)だかが消えていました。人はそれを無駄といいます。人間として大切なカルマ値がカンストしている気がしますが、食費をなるだけ抑えているのでどっこいです。おっとどっこいコンビニで弁当買わなくてもコーヒーに砂糖大目に入れとけば別に死にはしませんぜ! ってことです。カンストしたカルマ値には一切の影響がありません。そも、影響があったとしても、ケツぼりぼりかきながらゲーセンに向かうと思います。ゲーセンでスタグラやってます。今気付いたんですがスタグラって言葉の響きはセングラに似てますね。セングラというのはセンチメンタルグラフィティという乙女がこぞりて猪肉をくらう祭りのことを指します。カルマ値とかはもう知りません。そんなことよりもケツが痒いです。今朝血尿が出ました。食生活の地獄っぷりが原因か、あるいはカルマの方正のための天の裁きかなんかですか。そんなことに力傾けるんだったら天は大人しくイラクとかどうにかしろ、とか思った。

 何の気なしに午後のうららかな昼下がり(雨が降ってた気はする)、そういえば俺二十歳なんだよなあ、と思いながらいろいろ二十歳という年齢について考えてもみたのだけれども、行き着く先はどうにも、二十歳という自覚がまるでないことと、二十歳という年齢の重圧だけでした。憧れる人間の二十歳だったころのことを思い返してみても、その人のその時点での立ち位置は遥かに前方にあり、そも、同じラインにすら立っていないという現状は忌むべきことであり、然らずんばあらゆる煩悩を絶ち、涅槃にでも入ろうかとも思ったものの、眼前のエロい動画の魔力には打ち克てず、やるせない気分でやるせない午後を過ごした今、猛烈に這い寄ってくる自死の気配。うわ、バッチい、こっち来んなよ! とわめき散らしたところで己の理性の最終防衛ラインを突破することはできず、気分は赤木と間違えて高砂にパスしちゃった桜木の気分。猛烈な失意の念と後悔とがチンポを攻撃し、なんか気付いたらエロ動画でハードディスクが剥離骨折を起こしそうな様相を示していて再三憤死。もうどうしようもない自分というアピールをやめて、いかに自身が聖人に近いのかということを説こうかと思いながら聞こえてくるのは天井からの軋音といやらしい声というぼく宛のちょっとしたテロリズム。聖人なれば吾二十而不惑もアリなんじゃないの? とか心の奥底からなんか聞こえてきたんだけど別に俺聖人じゃないし。近いだけだし。ボルヴィックの近くを流れる下水みたいなもんだし。でもまあボルヴィックも近くも下水も行き着く先は母なる海でありまあ最終的に人間死ねば土なんで、そういうことなんじゃねえのかな、とか思った。どういうことですか? そういうことなのである!(居直りオチ)

7日:豹柄のクソ

 いま寝ながらタバコ吸ってたんだけど、タバコの火が灰皿の近くの自慰行為に使用したティッシュに引火して死にそうな事態に陥った。やべえ、家の中にも危険はいっぱいだ。おれが安心して過ごせる場所なんてこの世には存在しないことを今はっきりと身をもって思い知った。世界の中心でなにかしら叫んだ。

6日:壁のシミみたいなツラ

 寒い。なにこれ。とか思ってたら割と最近雪が降っていたことを思い出した。もう三月だぜ? 天気とか空気読めよ。とか思った。ぶっちゃけた話ぼくが家に引きこもる要因の八割は寒暖によります。熱かったり寒かったりすると菊座の弛緩を理由にすぐ家に引きこもるので、ほどよい気候になったところで出てくるのを見計らいナタの一撃で仕留めれば倒せます。ドロップアイテムとかそういうことはよくわかんねーけど脳漿とかじゃねーの? あと十中八九警察に捕まるので殺人はやめといたほうがいいんじゃないかな、とは思う。どうか殺さないでください。森が泣いています。殺さないでください。

 サイトのデザイン変えてみました。前までの落ち着いてるんだかそうじゃないんだか定かではないけれどもとりあえず落ち着きはらってチンポの話をするのはやめろって感じのデザインも気に入っていたんですが、ぼく流の占星術(占うたびに死兆星が常軌を逸した自己主張を始める)を行ったところ、今月のラッキーパーソンが林家ペーパー夫妻であるとのことでの苦渋の決断でした。ちなみにラッキーカラーは黒でしたが、黒というとおはぎを連想しておなかがすくので却下です。丸二日お茶以外の何をも口にしていません。明日か明後日には実家(農家)から食料品などが何がしか届く予定なので、それに備えてのことです。食料品が届けば家から外出せずともごはんをたべることができます。それはとてもすてきなことです。家から外に出るという行為のいかに痛苦を伴うものであるか、あなた方には理解できないでしょうが、ぼくにとってそれは五分に一回、正確に身体の先端から三センチ刻みに落とされるギロチンの刃のようなものなのです。というか防寒具の欠如した現在の生活(エアコンが効かないためパソコンの異常な放熱のみが頼り)において寒さイコール死でございますから、そんなものに対応できる鋼のように屈強な精神なぞぼくにはありませんし、だいいち精神だけでどうにかできるほどに世界というものは甘くできていません。屈強な精神を持つものには、等しく魔女に蛙の呪いを掛けられるのです。世界はそうやって成り立っているのです。世界超怖い。明日世界滅ばないかなー。滅んだら滅んだで愚図るくせになにいってんだこのオッサン。というか20にもなって世界滅ばないかなーとか言っていることに正気を疑う。正気だったらそもこんなサイト開いてませんからー! 残ぱーん!(ぼくの考えたギャグ)

 もうマジで世界滅んでほしい。

2日:MEN in HELL

 ウザい。マジウザい。自分の自意識が鼻についてならない。誰も見ていない道化ほど哀れな存在はないものだが、その現実に気付いていない道化はそれよりもさらに哀れであり、気付きながらも道化を続けている道化なんてものはもう一ミリたりとも救いようがなく、運命の女神もそりゃあ何から何まで見放し続けるのにも合点がいくという話である。ところで運命の女神に見放されたどころか近年まれに見るひきこもり生活を続けているぼくは食料の摂取そのものすらめんどいという理由で昨年死にかけたりしたこともあるらしいのだが、まあそれはそれで昔のやんちゃという一言で片付けることもできるような気もする。しない。で、自意識ウザいの話に戻るんですけど、そしてこんな話誰も望んじゃいないことにはうすうす気付いてはいるんですけど、それでこのサイトを見てくださっている数少ないビジターの数を更に減らすような気がするんですけど、それでもただひとり、すこしはにかみながら、吃りまじりのぼくの話に耳を傾けてくれるひとがひとりでもいれば、ぼくはその人に対してだけでも話を続けようと思うので構わず話すんですけど、そんな人間この世のどこに存在するのだね? と問われれば一言、「脳内!」と返事をする心の準備はできているのでやっぱり話そうと思います。いい加減話しましょう。話します。

 ぼくに生来備え付けられている自意識は本当に尊大なもので、それはぼくという矮小な人間が持つには些か大きすぎて、チャイルドポルノにたとえるならチャイルドに挿入されるポルノ棒みたいな物でして、ええ、わかってます。喩えにチャイルドポルノを持ち込む時点で既にぼくの人間性がすげえ疑われますが、この掃き溜めの惨状見といて今更って感じなので流します。か? 流します。で、その子どもじみた精神に収まりきらないチンポじみた自意識は、つまんねえ人間であるところのぼくをまるでドブ川の中でひときわ輝くダイヤモンドのように認識させています。たとえばそれは、自分のことを誰かが笑っているのではないか、自分のことを誰かが監視しているのではないか、という非常に一般的な被害妄想として現れます。先日のブックオフでの福引の話なんてまさにそれで、一心不乱に快感フレーズ読んでるクソオタクがいちいち福引きの音に耳をそばだてるはずがないわけであり、まるでぼくの一挙手一投足がいかにも尊大であるかのように感覚させるぼくの自意識は、まことに大変糞ウゼえことこの上ないのであります。ドブに漬かった時点で誰だってそんなダイヤをほしがるわけはないし、第一そのダイヤはダイヤの研磨用のダイヤでしかありません。研磨することすらできずにドブ川に転がり落ちたダイヤに糞ほどの価値はありませんが、そのダイヤが真なるダイヤ以上の自意識をもって存在していること自体が間違いに他ならなく、この不条理を打開するためにはただひとつ、自身の死をもって償うほかねえんじゃねえのか、ってのが最近の心情であったりします。

 ああもう、本当にウザい。書いてもどうしようもないようなことをこうやって書いてしまっている自分がウザい。どうせあれなのだろう、他人に少しでも「そんなことないよ」と声をかけてもらいたいだけなのだろう。他人の温かみを少しだけ感じてみたい、ヒネた中学生みたいな考え方をしているだけなんだろう。そんなことをしても、差し伸べられる手には好奇の温かみしかない。劣等に対する優越の気持ちの込められた手に違いないのだ。それに第一、表面上では自身の小市民を認めていても、心の底では自分が安ダイヤではなく、値打ちのある宝石であると考えているのに違いない。その間違った認識こそがぼくを現在のぼくと化させしめた原因であり、その認識さえなければぼくはここまで自意識を肥大化させることはなく、まっとうな小市民として今も幸せに暮らしているはずなのだ。矮小な自分を本当に見据えることができていたならば、ぼくの自意識はここまでひどくはならなかった。ああ、ウザい。死んでほしい。自意識と、それから一緒に自分が死んでしまえばいい。けれども死ねない。なぜかといえばそれは矮小な自分でもやはり死ぬということはこわいことであり、こわいということはそれすなわちこわいのである。こわいものはどうしようもなくこわいので、ぼくは膝を抱え頭をたれて、ひとりでこの暗い部屋の中に閉じこもるのである。少なくともこの部屋にいれば、ぼくの自意識が他者に迷惑をかけることはない。本当にそうか? 今ぼくは、こうやって文章を書いている。インターネットに情報を発信しようとしている。それは他人に迷惑をかけることではないのか? 他人を不快にさせるのではないのか。本当は共感してくれる人間がほしいだけではないのか? そも、その自問こそ肥大化した自意識に他ならなく、ぼくはそれがウザいと思って他ならないのである。誰もこんなサイト見ないし、そもそもおまえのことになんて興味がない。せいぜいへんなにおいのする空気ぐらいにしか思っちゃあいない。その証拠にたぶんこの辺の文章は読まれねえんじゃねえかと思う。多分うんこぶりぶりとか書いても気付かれない。やべー、すげえスリル。修学旅行のときに夜中女子の部屋に遊びにいった感じ。もう一度書いちゃおう。うんこぶりぶり。ただこの作戦には問題があって、それはいかにこの文章をカモフラージュするかということであり、多分完璧にカモフラージュするためにはこれまで以上の長文を書かなきゃならないんじゃないだろうかってことなんだけど、ぶっちゃけこのあそびに飽きが来ている自分としては、もうこれ以上キータイプすることが嫌なんで、最後にうんこぶりぶりでしめさせていただこうと思いまうんこぶりぶり。

1日:スパッツ将軍

 残念なことに今日家から出たのは食料の調達のために近所のコンビニ(徒歩五分)へ出たその一度だけだった。しかし脅威というものは往復十分の道すがらにさえ潜んでいるものである。たとえば暗がりから暴漢が現れないという保証はない。茂みの中に潜む毒蛇が牙を光らせていない保証はない。あらゆるところに危険は潜んでおり、その危険からの自身の保護のためにぼくは家から一歩も外に出ないのだ。もう一度言う。ぼくはぼくの身を護るために家から一歩も外に出ないようにしているのだ。いうなればあれ、ジョジョ第四部の鉄塔のスタンドのあいつとおんなじようなものである。たいていの人はそれをひきこもりって呼ぶんですけど皆さん知ってました? 豆知識なんで焼けた鉄の棒とかで一生消えないように自身の心に刻み付けとくといいと思います。あと小学生を轢きそうになりました。小学生とかマジで絶滅してほしい。

 で、ひきこもり続けてる昨今のぼく、本当は今すぐにでも住民票を取りにいってその足で府中に行って普通自動車の免許とかいうロックなぼくを縛る鎖っぽいあいつを取得しに行かなきゃならないんですけど、連日のいろんななにかが祟って生活のサイクルがステロイド注入したネズミが回してる車輪みたいなことになっちゃってるのでまず無理です。そのうち痙攣しながら死ぬという面白い寸劇が見れるかもしれないので、近所にお住まいの貴様等は目を輝かせながら末永く暖かくぼくを介護してほしい。欲を出せばおっぱいの大きな優しいお姉さんであってほしい。おっぱいの大きくない方は残念ながら我が家に入れません。近くを通りがかったおっぱいの大きなお姉さんのおっぱいを大きな鎌で削いでうまいことひもで結わえてきてからぼくの家へ来てください。

 かくしてかの有名なエド・ゲインはエド・ゲインとして誕生した。

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